2025禁酒140日目(連続191日目)
5時15分起き。いつもの朝のルーティン。本日はいい天気だ。
最近朝に散歩をすることにしている。行く先はいつもの山。ゆっくり歩いても1時間くらいだ。アジサイあり、見晴台あり、虫や鳥もいて、いつに行っても心が穏やかになる。
昨日今日と心が洗われる光景があった。
山道を歩いていき、竹藪を抜ける。すると開けた先に畑があるのだが。。。そこに待っていたのは、実に牧歌的な光景だった。
そこには10匹ほどの蝶が飛んでいた。モンシロチョウもいたし、茶色い蝶もいた。なぜ舞っているのかは私にはわからない。求愛しているのかもしれないし、人間みたいに遊んでいるのかもしれない。ただ、私にはそれがとても優雅に見えた。
蝶に花、畑には青々しい作物が成長してきている。遠くからは鳥の声。種類まではわからないが、何種類かいるのはわかる。これは何と美しい光景だろう。。。
もしこれからも毎日散歩をすることができるなら。私の人生の問題がいろいろ片付づいて、本当に心穏やかに散歩することができるのならとても幸せなんだろうと思った。体が健康で、最低限のお金があれば、このように幸せを感じることができるのだ。
同時にこうも思った。(いつものくだりですが)酒を辞めて本当に良かったな、と。
アル中時代は、酒のことしか考えてもいなかった。いくら飲んでも決して満たされず、家でも街でもただただ流し込んだ。夜の店にも行くこともけっこうあった。もちろんお金は尋常ではなくかかったし、人に迷惑もかけてしまったかもしれない。悲しさや心の隙間を埋めるために飲んだともいえるが、ホルモン的にはドーパミンを欲していたのだろう。簡単に得られるつかの間の快楽。安らぎ。多幸感。
一方で私が今日の朝に感じたことは、セロトニン的な幸福と言える。あるいはオキシトシン。日光や自然に触れ、自分が一人ではないと感じること。そこから感じられる穏やかな幸せはなにものにも耐えがたい。そしてこれはアル中時代には決して得ることのできなかった幸せだ。幸せを感じる心を私は持つことができたのだ。禁酒節酒を始めて実に7年がたった。
だからこれからも穏やかに禁酒を続けたいと思う。禁酒をすることでこうした得られるものがたくさんあるのだから。
読んでくれてありがとうございました。