私はマラッカ行きのバスに乗り、風景を眺めていた。バナナやパイナップルの木が見える。
朝9時に起き、荷物を詰めてチェックアウトをした。一曲だけKL最後の記念に歌ってみた。oasis のhalf the world away。都会ので歌うのも悪くない。もちろん、誰一人として聞いてはくれないが。それはそれでよいのだ。
電車を乗り継ぎ、バスセンターに着いた。マラッカまではわずか2時間ほどらしい。ちょっとした食料を買い込んで、バスに乗った。
バスが走り出しぼんやりと風景を見ていると、KLやペナンのことが浮かんでくる。ああこれでこの旅ももう半分も過ぎ、終わりに近づいて行っているんだなという思いがわいてくる。また、さまざまな思いが脈絡なく現れては消えていく。音楽を聴いてもよいのだが、なんとなくそんな気にもなれない。
何か考えるわけでもなく車窓からの風景を見ていると、熱帯の地域にあるような木の丘が現れた。
それはまるで巨大な生き物のようだった。バスから離れた場所で見ているというのに、なんという迫力だろう。近くで見てみたら、さぞかしすごいに違いない。
村上春樹の『海辺のカフカ』の中で、暗い山(全く人の手が入っていない山。木々の生息する場所だ)の中に入っていくシーンがあった。山の夜。道もない、昼でも薄暗い場所。
そこは本当に樹木たちの聖域らしい。私はそれを読んでいるだけで、すこし怖くなったのを覚えている。しかし、自然に、地球に対する畏怖の念も感じた。
夜の山に、ジャングルに一人で行きたいとはもちろん思わないが、次はジャングルに行ってみたいなと、思った。自分が経験したことのないもの。日本では経験できないもの。それがどんなものであれ、自分の目で見て、足で歩いてみたい。やらない後悔はしたくない。きれいなものも、汚いものも、美しいものも恐ろしいものも、なんでも見てやろう。世界はとてつもなく広いのだ。そんなことを、考えたりしていた。
1時にマラッカのバスセンターに着き、すぐにタクシーに乗った。ホテルまで難なく着き、休憩しようと思ったが。。。
その瞬間忘れていたことに気が付いた。明日にはシンガポールに行くつもりだったので、バスの手配をするつもりだったのだ。しまった、もしかしてまたタクシーを使って戻らなければいけないのか。
フロントで聞くと、この街に代理店があるとのことだった。場所を聞き、その店にすぐに向かった。しかしなかなかその店が分からない。何人かに尋ねた後で、なんとかシンガポール行きのチケットを手にすることができた。
なんでもインターネットで一瞬でできる時代になってしまったが、このようになローカルの情報はやはり現地で聞くしかない。それでなんとかクリアできたことで、ささやかな達成感があった。もとはと言えば、自分の物忘れが原因なのだが。
一休みをし、夕日を見に行くことにした。沢木耕太郎が、大沢たかおが見た夕日。海に行けば見えるのだろうか。地図で見るとそんなに遠いわけではなさそうだ。あるいて出かけることにした。
しかし、地図では近くに見えたがなかなか海岸に着かない。
川沿いに歩き、橋を渡り、やっと海岸に着いた時には1時間ほどたっていた。
しかし、埋め立て地となっているようで、あまりよい風景とは言えない。しかも曇っているため、夕日が見えるかどうかもわからない。しばらく海を眺めた後で、あきらめることにした。
また1時間かけて街に戻ると、空が見え始めた。再び夕日気分となった私は、川に沈むのを見ようとした。さらに今日は12月31日。2017年最後の日なのだ。2017年最後の夕日が見えるだろうか。
日没になった。川では水平線にはならないので、沈むとは言い難い。しかし川面をキラキラと照らし、マラッカの夕日が、2017年が沈んでいった。
ホテルに戻り、休みがてらマラッカの情報を見ていると、なんと今でも夕日を望める海岸があるということだった。しかもさっき私がいた場所の目と鼻の先だった。やれやれだぜ。
ガイドブックに頼りすぎるのもどうかとは思うが、情報を調べなさすぎるのもよくないな、と苦笑してしまった。
9時ごろ町にでた。世界遺産とは言え、こじんまりとした町であり、京都のような観光地である。12月31日ということもあって、お祭りのようだ。ナイトマーケットを見たり、ボブマーリーの店でお土産を買ったり、ビールを飲んだりして歩き回った。
少し疲れを感じたので、川でも見ながらビールを飲むことにした。
私は川が好きだった。自分の実家のすぐ後ろを川が流れていたので、川とともに生きてきたとも言えるくらいだ。水を見ているのも好きだ。海の波も趣があるが、川は一方通行に流れていくのがまるで人生を表しているようで、どれだけ見ていても飽きることがない。マラッカの町並みと月明かりの中、ビールを飲みながら川を見つめていた。
すると雨が降り始めた。少しの雨くらいいいか。。。と思っていたら、一気に土砂降りになりそうだった。ちょうどホテルの近くだったので、急いで戻った。
私は東南アジアのスコールも好きだった。
今まで何回か遭遇したことがあるが、いつだって心地よかった。雨宿りをし、じっと滝のような雨を見つめている。近くの人々も同じように眺めている。その姿は決していら立ってなどいない。スコールが来たのだから、自分たちにはなんにもしようがない。ただ待とうじゃないか、というおだやかな声が聞こえてきそうだ。
しだいに道路の水が流れ始める。しかしそのころには雨は弱くなり、すぐ太陽が現れる。。。世界は広い。それ以外言葉は見当たらない。
しかし、年明けの瞬間をホテルで一人で過ごしたくはない。お腹もすいてきた。雨も弱くなったので、食事がてら出かけることにした。やれやれ、今日もいろいろあったし、こんな雨の中歩くなんて、やれやれな年明け、年になりそうだな。
近くにローカルな食堂があった。チキンを焼いたものとライス。マラッカの名物らしい郷土料理を注文して待っていると12時になった。
すると、happy new year!
と言って、おばちゃんが食事を持ってきてくれた。味も値段も申し分ない。あっという間に食べてしまった。
ちょっとした世間話をし、お礼を言って店を出た。
雨はまだ降り続いていた。しかし不思議と心地よくもある。
ローカル食堂の味や雰囲気の余韻が体に残っている。なんの派手さもない年明けとなったが、ささやかなこの食堂での年越しは、わたしにとっては、とても十分なものに感じられた。